確かに『0(ゼロ)』を知れば、その外側は「無限大」に広がって行く世界になる
けれど、その『零(れい)』そのモノは、知の世界では「有る」ことは分かるが、実際の!地の世界、つまり具体的な存在としては「無い」?
それは、それぞれの人間が「理解した世界」と「物理的な世界」とは、必ずしも「まったく同じ、あるいは一緒」ではないことの証明
だから日々、途切れることなく刻まれて行く「時の流れ」の中、刻々と!?色んなモノが「変わって行く」
... けれど、ヒトのココロは「変わらないこと」を求めている
イチバン解り易いのが「老いる」ということ
もうすぐ終わりを迎える「北京オリンピック」では、それぞれがそれぞれの立場で「関わった」
そして、色んなモノが、それぞれのココロの中に残る
「感動」「喜び」「悔しさ」「感謝」... etc.な気持ち
けれど「まったく同じ時」は、二度とは来ない
同じ様な風景、デジャブのようなことは起きても、それは、まったくの「=(イコール)」ではない
それらは、時の流れという『風』の中で起こった、たった一度の「出来事&出会い」
二度とは来ない、一瞬の記憶
そして、一人ひとりは少しずつ衰えていく...
人間そのものの、物理的かつ肉体的な「ピーク」は、ティーンエイジ(10代後半)の頃か?
だから、純粋に「身体能力」だけでの勝負!になれば、その時期の人間には勝てない
けれど、現在「アスリート」といわれる存在
それは、そのピークの時期の「身体能力の維持」と、戦略 or 戦術という「知」の部分、および「無駄なく、身体を動かす術」を身に着けようとする者たち
そして、それを支える多くの存在
それらが、色んな「総合力」をリンク&ネットワークさせて、
始めて!GOLD MEDALへと続く「道」を歩んで行く...
イチバン!?単純に見える、男子100メートル
今回、世界記録を出して、優勝したボルドは、確かに「荒削り」って言われるだけあって!?まだまだ身体能力で勝った感がある
それは、人類がまだまだ成長する可能性を持っていることを裏付ける
が、しかし、また4年後のロンドン大会で勝てるか?っていうと、色んなことが「今のままではない」から、解らない??
それは色んな要因が重なり合って興ったこと
サンダー!?ボルドの持つ、先天的な能力が在ればこそ!ではあるが、それを支えた色んな要因が有った
走れば無敵!と思われた、中国の110mハードルの劉翔
北京では、長く患って来た怪我で、スタート出来なかった...
だから、偶然と必然の狭間の積み重ねの、そんな一瞬の「限られた時」の中で、何が出来るか?
誰もが自分なりに、一所懸命(≒一生懸命)やらなきゃね??